大分建設新聞

インタビュー

橋邉 秀樹さん(中津日田道路建設室長)

2026年06月19日
大分工業高校卒業後、1989年に入庁。北川ダム管理事務所を初任地として、玖珠土木、日田土木、企業局工務課、砂防課、大分土木河川砂防課長などを経て、今年4月から現職。
 6年ぶり2度目の日田土木勤務。前回は2018年から3年間、九州北部豪雨で大きな被害を受けた大鶴・夜明地区の災害復旧を担当した。大肥川、鶴河内川の改良復旧事業や小野地区の大規模地滑り対策、その後の天ケ瀬地区の玖珠川改良復旧事業など、立て続けに災害対応の指揮を執った。「日田土木は、私自身もっとも記憶に残っている職場」と語る。
 当時、大鶴地区では事業計画に対する不安の声もあり、用地取得や地域説明を慎重に進めていた。そうした中、高校時代の野球部の恩師で、当時の公民館長が地域との橋渡し役となり地元調整を支えてくれた。「恩師や自治会長の支えがあったから前に進めた部分が多い。人とのつながり、感謝の大切さを強く実感した」と振り返る。
 日田の印象については「夏は暑く冬は寒いところも変わらないが、熱い人が多いところも変わっていない。協力的な方が多く、今回も『よう帰ってきた』と声を掛けていただき心強かった」と笑顔を見せる。
 現在は中津日田道路建設室長として、1号トンネルの本坑、避難坑の掘削工事をはじめ、用地取得や2~4号トンネルの設計計画を担う。1号トンネルの避難坑は夏ごろの完成予定、本坑は来年夏ごろの貫通を見込む。事業は順調に進む一方、避難坑掘削時の突発湧水で周辺井戸の水位低下が続いており、「今後も丁寧な説明と対応に努めたい」と話す。
 中津日田道路については、通勤時間の短縮だけでなく、災害時の代替路としての役割にも期待を寄せる。「17年災害時も、山国側で被害があった中、中津日田道路が通行できた区間もあった。地域を結ぶ道路として、早く進捗させたい」と力を込める。
 職員には常に「チームワーク」と「情熱」を伝えている。「一人でできることには限界がある。仲間や先輩と力を合わせることで大きな成果につながる。最後に人を動かすのは熱意。チームワークにパッションを加えて仕事をしてほしい」と語る。
 建設業界に対しては、「17年や23年の豪雨災害では、いち早く現場に駆け付け、応急対策に取り組んでくれた」とした上で、「道路が通らなければ電気も水道も復旧できない。建設業の皆さんの姿に、地域を守る強い使命感と底力を感じた。今後も一緒に頑張っていきたい」と期待を込める。
 趣味は野球。高校時代から続け、現在も大分市内のチームに所属し、健康維持も兼ねて継続的に練習している。大分市出身の55歳。
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