山田 孝広さん(中津土木事務所中津日田道路建設室長)
2026年07月08日
建設室の仲間と一緒に(看板を持つのが山田室長)
2000年県職員に。大分土木企画調査課、本庁建設政策課企画・アセットマネジメント推進班課長補佐などを経て4月から現職。
2000年県職員に。大分土木企画調査課、本庁建設政策課企画・アセットマネジメント推進班課長補佐などを経て4月から現職。
中津市での勤務は初めて。久々の道路部署とのことで、気合も十分だ。中津日田道路は中津市と日田市を結ぶ総延長約55㌔の地域高規格道路。「私が入庁した時は、どの区間も着工していなかった。それが今は供用区間が5割を超え、入庁して25年の間に驚くべき進捗をしている」と話す。
昨年策定された県土木建築部の長期計画『おおいた土木未来プラン2024』の表紙には『生命を紡ぐ県土づくり』の文字がある。「先輩たちをはじめ、建設業界が着実に紡いできたおかげで、約5割の道路が完成した。私たちも確実に事業推進し、次世代の人たちへ基盤をつなげなければならない。それが私たちの使命だ」と決意は固い。
現在は、日田山国道路(L=8・8㌔)で2024年12月から1号トンネル(中津土木管轄はL
=1332㍍)の本工事が始まり、26年5月末時点で約半分に到達した。また、日田山国道路に接続する耶馬溪山国道路では測量・調査・設計を進めている。
事業推進に欠かせない建設業界へは「日田土木勤務時に23年梅雨前線豪雨によって孤立集落の発生や河川氾濫が起きた。その際、道路啓開や応急工事を即座に実施した業界の使命感に感謝している。社会資本整備や維持管理を担い、災害時は最前線で活躍する地域の守り手としての役割は大きい」と期待を寄せる。
17年に熊本地震で大きな被害を受けた南阿蘇村に1年間派遣された。長崎県の派遣職員などと一緒に、同村の公共土木施設の復旧に携わった。「当時は、本当に復旧できるか不安があったが、やるしかないとの思いで取り組んだ。とても良い経験になった」と話し、この経験を災害発生時の対応に生かしていく考えだ。
毎日、大分市内の自宅から事務所まで電車通勤をしている。自宅から大分駅、中津駅から事務所までを徒歩移動し、昼休みも事務所周辺を歩く。一日の歩数は1万6000歩になるそうで、健康維持に余念がない。「球技全般は苦手だが、退職までにゴルフで100を切ることを長期目標にしている」と笑う。50歳。
昨年策定された県土木建築部の長期計画『おおいた土木未来プラン2024』の表紙には『生命を紡ぐ県土づくり』の文字がある。「先輩たちをはじめ、建設業界が着実に紡いできたおかげで、約5割の道路が完成した。私たちも確実に事業推進し、次世代の人たちへ基盤をつなげなければならない。それが私たちの使命だ」と決意は固い。
現在は、日田山国道路(L=8・8㌔)で2024年12月から1号トンネル(中津土木管轄はL
=1332㍍)の本工事が始まり、26年5月末時点で約半分に到達した。また、日田山国道路に接続する耶馬溪山国道路では測量・調査・設計を進めている。
事業推進に欠かせない建設業界へは「日田土木勤務時に23年梅雨前線豪雨によって孤立集落の発生や河川氾濫が起きた。その際、道路啓開や応急工事を即座に実施した業界の使命感に感謝している。社会資本整備や維持管理を担い、災害時は最前線で活躍する地域の守り手としての役割は大きい」と期待を寄せる。
17年に熊本地震で大きな被害を受けた南阿蘇村に1年間派遣された。長崎県の派遣職員などと一緒に、同村の公共土木施設の復旧に携わった。「当時は、本当に復旧できるか不安があったが、やるしかないとの思いで取り組んだ。とても良い経験になった」と話し、この経験を災害発生時の対応に生かしていく考えだ。
毎日、大分市内の自宅から事務所まで電車通勤をしている。自宅から大分駅、中津駅から事務所までを徒歩移動し、昼休みも事務所周辺を歩く。一日の歩数は1万6000歩になるそうで、健康維持に余念がない。「球技全般は苦手だが、退職までにゴルフで100を切ることを長期目標にしている」と笑う。50歳。


