
木許喜久さん(成和工業)
2007年11月20日
佐伯市のまちづくりグループ「四教堂(しこうどう)塾」(佐藤巧塾長)が、市内大手町の旧佐伯城の三の丸「佐伯文庫」跡地に、記念の石碑を建立した。建立に当たっては、建設会社役員の木許喜久さん(50)が、ボランティアで石運びを引き受け、塾関係者に感謝されている。
佐伯文庫は1781年、江戸時代の「三大学者大名」の一人に挙げられる佐伯藩八代藩主の毛利高標(たかすえ)により創設された。長崎で輸入される漢籍や洋書の中から良書ばかりを収集。蔵書は約8万冊にも上り、貴重な本も数多くあった。後に、約2万冊を幕府に献上。現在は宮内庁書陵部や国立公文書館内閣文庫などに納められている。地元では明治以降に散逸し、市教委が残存する2千数百冊を所蔵している。
木許さんは、(有)成和工業(市内木立・赤迫淳子社長)の取締役部長。会社のユニックなどを使って、米水津地区から石を三の丸まで運搬するなど建立に尽力した。
木許さんは、四教堂塾運営の世話をしている役員の志賀本昌さんの義理の弟に当たる関係で、別のまちおこしグループからもらった石灰岩(高さ約0.8m、幅1m、重さ800kg)の運搬の相談を受けた。
木許さん自身も日頃から地元の木立小学校区で、仲間を募り高齢者の力仕事の援助をしたり、子供たちの健全育成などのボランティア活動に積極的に取り組んでおり、「建設会社での経験が役に立つのなら」と思い赤迫社長に相談したところ、社長も快諾。一緒に下見に行き、搬入や据え付け作業の段取りを付けて建立した。
先日開かれた石碑除幕式には、塾関係者や歴史愛好家など約50人が集まった。渡辺捷三事務局長が「子どもや孫に伝えなければならない貴重な歴史が佐伯にはある」とあいさつ。佐藤塾長が講話をし、西嶋泰義市長とともに除幕した。
木許さんは「四教堂塾も会費などを取らず、同じボランティアで活動している。仲間と思い引き受けた。仕事の経験が役に立ってうれしい」と話していた。

