大分建設新聞

インタビュー

細田 利彦さん(二豊製畳社長)

2012年04月12日
 細田さんは、明治33年から中津市で畳の製造・販売を手がける老舗の三代目。伝統の畳表だけでなく、マットなどの〝新作〟にも積極的に挑む。着目したのは、国東産の「七島イ」。かつては国東市、杵築市などで栽培が盛んだったが、だんだん廃れ今は、生産農家は国東に5戸しか残っていない。しかし、「銀座の坐来大分で開かれた第5回大分の工芸品展示商談会では、百貨店のバイヤーさんにも注目してもらった」と細田さんが言うように、七島イの畳表の評価は高い。  初めて七島イを見たとき、あまりにも美しい色合いと香りに感動した。だが「あと10年もしたら栽培農家はいなくなってしまう」と聞き愕然とした。このイ草の存在をアピールし、産業として再生したいと強く思った。  それから細田さんの活動が始まる。22年には、国宝や重要文化財に利用する資材調達のため文化庁から「ふるさと文化財の森」に国東地域七島イ圃が認定された。23年には柔道畳を開発し、県内の大学に試験的に設置した。  ラグマットや円座、赤ん坊を寝かせるかごなどのインテリアグッズの開発にも着手。「国東にはアーティストが多く移住してきているので、いずれはコラボレーションもしたい」。お手本は、国東市の安田商会(工芸品製造・販売)で作られたマット。四角のパーツの組み合わせで出来ているが、ひし形の連続模様が浮かび上がり美しい。「今の皇后さまが皇太子妃のころ来県された際に、敷くために作られたもの。ヒールが食い込まないよう、編み手たちが試行錯誤を繰り返したと聞きました」とほほ笑んだ。  最近では、縁のない琉球畳としても販売。フローリングの部屋でも七島イの置き畳を楽しめるとあって、問い合わせが増えている。フランスでは床でくつろぐ日本的な生活様式を指す〝タタミゼ〟という造語もあるほど。「耐久性は5倍。でも、値段も5倍なんです。本物をわかってくれる人に、まず知ってもらいたい」と言う。  2年半前に、旧武蔵幼稚園跡に琉球畳製造工場を設けた。若手への技術継承にも取り組み、昨年は一組の夫婦が生産に加わった。今年、岩手県から移住してきた夫婦も加わる予定。若手確保のため、福岡県の旅行社と組んで体験ツアーを実施。先月9日はマスコミ関係者がこのツアーの第一弾としてやってきた。  生産者・編み手の高齢化で廃れかけた七島畳を再生することはたやすくはない。だが、細田さんの挑戦は続く。




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