就航
2025年04月10日
「大海の磯もとどろに寄する波/われてくだけてさけて散るかも」。鎌倉幕府の「悲劇の将軍」と呼ばれる三代将軍、源実朝の代表歌である。打ち寄せる荒波が海岸の岩にぶつかり、しぶきとなる一瞬の情景を詠んでいる。高速シャッターでその場面を切り取ったような臨場感が三十一文字に凝縮されているよう▼将軍としては凡庸とも評される実朝だが、歌人としては一流だった。正岡子規は『歌よみに与ふる書』で、「万葉集以降、歌人と呼べるのは「実朝」ただ一人」と評した。その実朝が残した歌には、海を題材にした作品が少なくない。大海原の向こうに広がる世界に憧れを抱いていたようだ▼実際、実朝は宋の国(中国)に渡ろうと考えた。そのために、当時の常識を超えた大船の建造を計画した。おびただしい数の船大工が集められ、半年の歳月をかけて作られた。いざ、鎌倉の海へと、完成した大船を運ぼうとしたところ、何と砂浜で立ち往生。巨船ゆえにその自重で埋まってしまったという。結局うち捨てられ、実朝の夢を乗せたまま朽ち果てた▼こちらの方は、海上に浮かぶことは浮かんだが、航行が危ぶまれている。「間もなく就航」とアナウンスされながら、めどがたっていない大分空港と大分市を結ぶホーバークラフトである。当初は昨年3月までに営業運転が始まるはずだったが、たび重なる事故で延び延びに▼そして新たに浮上したのが「トイレ問題」。30分を超える航行が想定される場合、法令上トイレの設置が義務づけられている。ホーバーの航路は荒天だと40分かかるが、3隻の新造船にトイレはない。九州陸運局から指摘されたというが「今ごろ言われても」というのがホンネだろう。水に流すわけにもいかず、就航前に暗礁に乗り上げた格好。果たして妙案はあるのだろうか。(熊)