貝になりたい
2025年07月11日
「もう人間には二度と生まれてきたくない。せめて深い海の底の貝に…」。1958年に制作された反戦テレビドラマの古典『私は貝になりたい』の切ない台詞である。戦争の不条理も悲嘆も届かぬ海底に身を潜めたいという慟哭である。だが戦後80年の今夏は、こうつぶやきたい気分だ。「次に生まれ変わるなら、公務員に」▼県職員に夏のボーナスが支給された。新聞報道によると、職員約1万7800人の平均額は約83万円。3年連続の増額という。県の勤労統計によると、今年3月の県内常用労働者(5人以上の事業所)1人当たりの平均月間給与額は25万5000円。民間の懐事情と比べれば、やはり恵まれている。光の届かない海底に比べたら別世界だ▼恵まれているのは金銭だけでない。身分保障も折り紙付きだ。県局長が昨秋、酒を飲んで自転車を運転し検挙されていたことが発覚した。「綱紀粛正を徹底したい」と県は頭を下げた。民間ならばそれこそ解雇など厳しい処分も考えられるところだが、取り急ぎの異動で対処。ボーナスの恩恵が滞ったという話は聞かない▼もちろん公務員に求められる使命は重い。県民福祉・生活の向上、災害対応…。クレーム対応など荒波の最前線に立つ職員も少なくない。頭が下がる思いだ。厚遇がその見返りであることを承知していても、今回の件や、不祥事続きの県都を見るにつけ、「公務員に生まれ変わりたい」という願望が心の中につい芽吹くのだ▼納税者は、声も上げずに税を吐き出す〝沈黙の貝〟かもしれない。その税を原資に俸給を受け取る公務員であればこそ、襟を正す責務がある。「生まれ変わっても公務員で」と夢を見る前に、耳を澄ませてほしい。聞こえないだろうか。海底から漏れる「税の届かぬ貝になりたい」という静かな怨嗟が。(熊)