世襲
2025年10月16日
遅まきながら評判の映画『国宝』を見た。歌舞伎を舞台に、世襲世界では重要な閨閥を持たず、自身の芸の力のみで頂点を目指す若者が主人公。実力はありながら、梨園での血筋がないため、愛や信頼というかけがいのないものまで犠牲にしていく姿は、見ていて痛々しかった。己の才覚とは無関係の出自で評価が決まる。考えれば不条理極まりない▼伝統芸の世界だけでない。政治にも重なる風景がある。正確な政府統計はないが、永田町関係者の見立てでは、衆院議員のうち3割ほどが世襲議員という。なるほど先の自民党総裁選を見ても、立候補した5人のうち2人が世襲議員だった。世襲を否定するわけでないが、どこかいびつである▼参院選の大敗を踏まえて「解党的出直し」を誓った自民党。高市早苗総裁のもとに発足した新体制の陣容を見ると、実力者の麻生太郎氏が副総裁に、党務を仕切る幹事長には鈴木俊一氏がそれぞれ就任。唯一従来型の派閥を維持している麻生派の面々が要職に起用された。総裁選で高市氏を押し上げた論功行賞であろう。「解党的」どころかかつての派閥政治がよみがえった格好だ▼鈴木氏は鈴木善幸元首相の長男で、麻生氏の義弟に当たる。当の麻生氏の祖父は吉田茂元首相で高祖父は明治の元勲、大久保利通である。キラキラの血脈を背景に、自民党内における「麻生家」の存在感が際立つ。威光ゆえか、時を同じくして麻生氏の妹、三笠宮妃信子さまを当主とする新宮家の創設が報じられた▼『国宝』では、師匠が実子に「血が守ってくれる」と教える一方で、主人公にはこう諭す。「稽古休んだことないやろ。芸が守ってくれる」。私たちもまた、日々の仕事で信頼を築いている。閉ざされた血縁や派閥の力学優先の政治に、私たちの営みは見えているだろうか。(熊)