トンちゃん
2025年10月20日
「権力に対する欲はすごいですな」「主義主張を引っ込めても、というところがわれわれ経済人にはわからない」。朝日新聞によると、〝財界のご意見番〟と称される日本商工会議所の小林健会頭はそう述べたという。それもそのはず。公明党の離脱で始まった今回の政局。すさまじいばかりの権力闘争が繰り広げられた▼「もし私などが首相になるようなことがあるなら、それは自民党や日本国が大きく行き詰まった時なのではないか」。石破茂氏は首相に就任する直前の昨年8月に出版した『保守政治家 石破茂』にそう記したが、本当の危機の起因は自身の引き際にあったというのも、何とも皮肉なことだ。今から30年ほど前も、政界は混迷の時代だった▼村山富市氏が亡くなった。社会党(現社民党)を率いていた1994年、下野していた自民党に担がれて首相の座に就いた。「なるはずがなかった」と回想したように、自ら望んだ地位ではない。党是であった「自衛隊違憲論」を捨て去ったという意味では「主義主張を引っ込めた」とそしられようとも、およそ権力欲とは無縁だった▼阪神大震災、オウム真理教事件という未曽有の難局にも直面した。批判も浴びたが、逃げることはなかった。そして、日本政治史に深く刻まれた戦後50年の「村山談話」。元首相の訃報が近年、これほど大きく報じられたことはない。棺を蓋うて事定まるという。多くの国民から親しまれた証左であろう▼戦後、首相経験者で地元選挙区に住み続けた人を知らない。多くは東京や別荘地に主たる居を移す。村山氏は大分県人として生涯を全うした。「人を幸せにする人が幸せになる」。晩年、揮毫にそうしたためた。誰もが分かる言葉で、生きる上で大切な道理を説く。惜しい人を亡くした。トンちゃん、お疲れさまでした。(熊)




