消耗戦4年
2026年03月02日
4年という月日は長い。産声をあげた赤ちゃんが4歳のやんちゃ盛りに成長し、小学校6年生は高校生に。高校生は一気に大人の仲間入りをするほどの歳月である。この4年間、一人一人に喜びや悲しみ、いろいろな出来事があっただろうが、あえて今、日本でこの4年間を平和に暮らせた幸せをかみ締めたい▼「何を突然に?」と思われるだろうが、ウクライナの人々の4年間に思いをはせたからである。ロシアのウクライナ侵攻から2月末で4年。もうそんなにたったのかと感じるが、ウクライナの国民には長い長い4年間だったに違いない。戦況はロシア有利に展開し、和平交渉も膠着状態。守勢に立つ側の窮状は深まるばかりだ。電力インフラなどを執拗に攻撃され、国民は戦闘長期化の疲弊に加え深刻なエネルギー不足に苦しんでいる。零下20℃にもなる厳寒の冬に暖房もままならない日々。「もう限界」という悲鳴が聞こえてくる▼そして何より戦争は殺し合いである。この4年間でのウクライナ軍の戦死者は推計10万~14万人。その一人一人に父母がおり、妻や子どもたちがいる。かけがえのない命である。理不尽な侵攻から祖国を守ろうと、親や妻子を守ろうと命を捧げた人たちである▼ロシアを絶対的に非難したいが、ロシア側の戦死者(推計約27万~32万人)、もちろんこちらの一人一人の命にも父母がおり妻や子どもがいる。戦死者は大統領から愛国者として武勲を称えられるというが、その陰には息子や夫を失った多くの人々の涙がある▼膨大な犠牲を重ねる消耗戦、泥沼の戦争である。「たとえ苦しい努力の上にしか成り立たない平和であっても、どんな戦争よりかましだと思います」―。先日の地元紙にあった、ウクライナ避難民を支援する県内の僧侶の言葉が重く胸に響いた。(マサ)


