大分建設新聞

四方山

航空機事故

2026年03月03日
 大分市の大分川河口、大洲浜付近に空港があったことを知っているだろうか。戦前の1938年に海軍航空隊基地として開設し、56年に運輸省が空港整備に着手、57年に国内線第2種空港として併用開始した▼旧大分空港は市街地に近く、滑走路の両端を大分川・裏川に挟まれ、地形上の問題と空港施設拡充、滑走路の延長が不可能となり、71年に航空管制上問題のない現在の場所に併用開始となった▼国東が選ばれた理由は①長い滑走路と拡張可能な土地が必要で、内陸部では用地買収が難航②国東半島は海を埋め立てることでまとまった土地を確保しやすい③離着陸経路の多くが海上となり騒音影響が抑えられる―など▼64年2月27日、鹿児島から大分に向かう富士航空機が着陸に失敗し、機体が滑走路をオーバーラン、河川敷に墜落・炎上。乗客・乗務員合わせて20人が命を落とし、多くの家族に深い悲しみを残した▼墜落現場付近に慰霊碑が建てられ2004年から毎年2月下旬に慰霊祭が営まれ、地元高校生・企業・空港関係者など約60人が周辺の清掃、草刈りをし、犠牲者を悼む式典が行われている▼10年前に知人からこの事故や慰霊祭のことを聞き、サークルメンバー数人と毎年参加している▼例年、厳しい寒さの中での作業・式典となり、昨年は小雪が舞うほどの寒さだったが、今年は天候に恵まれ春のような暖かさで作業もスムーズに進んだ▼「航空機事故慰霊碑を守る会」では「単に亡くなった方々の冥福を祈るだけでなく、事故の記憶を後世に伝え、風化させないようにするため若い世代にも参加してもらう」と言う。空の安全が当たり前になった現在だからこそ、過去の教訓を胸に刻む意義は大きい。慰霊の明かりは、半世紀以上たった今も静かに受け継がれている。(望)
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