大分建設新聞

四方山

皇室典範

2026年06月25日
 「この世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」。平安時代に権勢を誇った藤原道長の一首である。娘を次々と天皇の后に送り込み、外戚として権力を握った道長が、わが世を満月になぞらえた歌とされている。遠い王朝絵巻の一場面。そう思っていた▼ところが、いま永田町では、この故事が真顔でささやかれているという。発端は月刊誌『文藝春秋』7月号に掲載された皇室典範を巡る鼎談(ていだん)である。政治学者の御厨貴氏は、旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎える案について、三笠宮寛仁親王妃家に養子が取られた場合、「麻生太郎自民党副総裁が天皇の外戚になり、平安時代の藤原氏のようになる」と述べ、皇族の政治的中立性が揺らぐ可能性を指摘した▼確かに、名指しされた麻生氏は「何としても今国会で典範改正を」と前のめりだ。相次ぐ派閥解散の中で麻生派を存続させ、高市政権の後ろ盾として政界のドンの威を振るう。そもそも御厨氏が挙げた三笠宮寛仁親王妃信子さまは麻生氏の妹で、彬子さま、瑶子さまは姪に当たる。皇室との近い姻戚関係にあることは間違いない▼麻生家の企業グループのホームページには意味深な記述もある。〈(麻生家は)藤原一族の流れをくんでいるといわれている〉。1000年の時空を超えて令和版「藤原家」を目指しているのではないか…。ネットの言論空間では、そんな尾ひれまで付く▼そんな見方が当たっているかどうかは別として、憲法は天皇の地位を国民の総意に基づくと定めている。安定的な皇位継承をどう確保するかは国の根幹にかかわる問題である。特定の政治家一族の物語と重なって見えること自体、妙である。求められるのはドンの号令ではなく幅広い合意形成だ。道長の望月も、ほどなく、雲に隠れた。(熊)
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