大分建設新聞

四方山

汝の敵を愛せよ

2026年06月29日
 その社は、長野県阿南町の山中にあるという。「安倍神像神社」。初めてその名を聞いた時、失礼ながら冗談かと思った。祭神は安倍晋三元首相。先ごろ、ご神体である銅像の除幕式が行われたという。左手にマイク、右手を掲げる等身大の姿。式には妻の昭恵さんも参列したと報じられた▼昭恵さんといえば、よく言えば天真らんまん、見方を変えれば無防備な印象がある。森友問題では、その言動が政治問題の火種にもなった。型破りで、時に危うくも見えた。だが、読売新聞6月23日付紙面に掲載された昭恵さんの言葉には、不意を突かれる思いがした。間もなくあの銃撃事件から4年が経過するのを受けてのインタビュー記事だった▼「恨みの感情」を持たないようにしている。夫の命を奪った山上徹也被告(1審で無期懲役判決。控訴中)についてこう真情を明かした。「死刑にしないでと思っていた。刑務所で自分の罪と向き合い、反省していってもらいたい」。夫を突然奪われた人が、そう言えるまでに、どれほどの夜を越えたのだろう。その胸中を思うと、返すべき言葉は見つからない▼「汝の敵を愛せよ」という言葉がある。実際、ヨハネ・パウロ2世は自らを銃撃した犯人を獄中に訪ね、その罪を赦(ゆる)したというが、凡人にとってたやすいことではない。ましてや最愛の人を理不尽に奪われた者となれば、深い悲しみの日々を過ごしてきただろうし、これからも心の傷は癒えることがないだろう▼昭恵さんはこうも語っていた。「私は夫を殺されたけど、私は相手を殺しに行かない」。憎しみは連鎖する。憎悪が憎悪を呼ぶ時代に、私たちはその鎖のどこかに連なっていないか。最も深く傷ついた人が、自らの手でその輪を断とうとしている。銅像を仰ぐより先に、その姿勢にこそ頭を垂れたい。(熊)
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