日の丸
2026年07月01日
大分市内にあった「大分予科練資料館」が閉館して、間もなく2年になる。元特攻隊員の川野喜一さんが自宅を改修し、1988年に開いた展示施設だった。軍服、遺書、写真…資料は3000点に及んだ。寄せ書き入りの日章旗も掲げられていた。戦意高揚が目的とはいえ、書かれた文字には生還を願う祈りも込められているように感じられた▼今、その国旗を巡りかまびすしい。国会で審議されている国旗損壊処罰法案である。「不快または嫌悪の情を催させる」方法で、「公然と国旗を損壊」したりすれば、2年以下の拘禁刑などを科すという。寄せ書きや、お子さまランチの旗は対象外などと、国会ではそんな線引きが大真面目に論じられている▼無論、国旗に敬愛の念を抱く人の心情は大切である。だからといって刑罰で守ろうというのはいかがなものか。そもそも何が「不快」で、何が「嫌悪」に当たるのか。定義付けは曖昧で、最終的には警察などのさじ加減で決まる。「内心は罰しない」と言っても、心の内側に監視の目は向けられる。日弁連が「内心の自由を侵すおそれ」を指摘するゆえんだ▼自民党内でも異論はあった。岩屋毅前外相は党内会議で、法案の了承や一任はし難いと述べ、途中退席したこともあった。「不快」や「嫌悪」は主観の問題であり、国が国旗への感じ方を定義すべきではないとの考えがあったという▼敬意とは、本来強いられて抱くものではあるまい。罰せられるから大切にする、というのでは、それはもはや敬意ではなく、ただの恐れである。日の丸を刑罰で守って、人の心は本当に旗へ向くのだろうか。むしろ刑罰で敬意を求める姿勢こそ、国と国民との距離を広げかねない。問われているのは、旗の扱いより、この国が人々から信頼されているかどうかであろう。(熊)


