戦後81年
2026年08月17日
戦後81年の夏、一つの古い時計が、止まっていた時間を動かした。県護国神社で保管されていた旧日本海軍の「航空時計」。持ち主が、偵察員だった松浪清さんであることが確認された。再会のドラマをテレビ大分が報じた。遺品を手にした娘の堀端優子さん(72)は、父親をより身近に感じられるようになったという▼2年前、その時計を含む多数の戦時資料を護国神社へ託したのが、大分市内の川野孝康さんである。父の喜一さんは1988年、自宅に大分予科練資料館を開いた。亡くなった予科練生を慰霊し、「本当の戦争というものを伝えていきたい」という思いで、来館者に語り続けたが、2021年に他界した▼父の死後からしばらくたって、孝康さんは資料館の閉館を決めた。だが、数千点の資料を散逸させるわけにはいかない。護国神社への寄贈を決めた後も、最新の機材で館内を記録した。施設の扉は閉じても、父が残した「志」まで閉じ込めてはならない。その思いがあったのだろう。今もホームページで、往時の展示を見ることができる▼番組で、松浪さんのひ孫は「おじいちゃんのおかげで、今の僕たちがある」と語っていた。眠っていた時計が一人の航空兵の人生を呼び戻し、娘からひ孫へと記憶をつないだ。先月、孝康さんからこんなメールが届いた。「私の使命は終わったかと思われます」。少し寂しく響いた。だが、父子二代の手で守られてきた遺品には新たな命が吹き込まれ、自ら語り始めたのだ▼戦争体験者は年々少なくなる。記憶の継承は、証言だけに頼れない時代である。1枚の写真、1個の時計…。それを守り、次代につなぐ。平和を守るというと大げさに聞こえるが、存外、そんな地道な営みの積み重ねなのだろう。戦後81年。物言わぬ資料の声に耳を澄ます夏である。(熊)


