遙拝
2026年08月24日
世界で最も有名な少女の絵が、日本にやってきた。フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」。振り返る視線、わずかに開いた口元。350年以上前に描かれた少女は、今なお多くの人を引きつける。不思議なのは、その名前も、モデルが誰なのかも分からないことだ。知らない少女なのに、なぜか親しみを覚える▼フェルメールのもう一つの代表作に「手紙を読む女」がある。窓から差し込む柔らかな光の中で、女性が手紙に目を落としている作品。手紙の送り主は恋人か、家族かは分からない。女性の表情、手紙を持つ指先から、会えない相手を思う静かな時間が確かに立ち上がってくる。人は、遠く離れた人とも心を通わせられる。たとえ死者であっても、である。墓参もまたそうなのであろう▼昨今、墓参りの形も変わりつつある。この夏、大分市内の業者の元には墓参り代行の依頼が増えていると、大分放送が報じていた。家族に代わって墓石を清掃し花を供える。そして、墓前にパソコンを置き、画面越しに手を合わせる「オンライン参拝」…。猛暑などで、行きたくても行けない人には、ありがたい仕組みのようだ▼こちらもひょっとして…そんな不謹慎な感慨が一瞬頭をよぎった。終戦の日の靖国神社参拝を悲願とする高市早苗首相が行ったという「遙拝」である。全国戦没者追悼式が開かれた日本武道館から靖国神社の方向に拝礼した。首相として外交上の配慮を求められる一方、靖国神社を重んじる自身の岩盤支持層にも思いを示す。苦肉の策との見方もある▼フェルメールの少女は、見る者にさまざまな物語を生んできた。片や、靖国神社をめぐる首相の言動は、近隣諸国との軋轢を招いてきた。それがこの間のリアルな現実である。遙拝という作法が果たして、どう受け止められるのだろうか。(熊)


